子どもの頃の
不思議な世界や感覚を
取り戻そう。
2021年2月公開
絵本作家
市居みかさんに聞く
朗読会やワークシップなど幅広い活動に取り組まれている市居さんですが、その原点は、ご自身の子どもの頃の体験にあると振り返ります。そして、一見何気ない出来事でも人生がかわったり、自分を好きになれたり、子どもの頃でしか味わえないような様々なことがあったといいます。
また子育て時代に寝不足が続き「どうしたら、赤ちゃんにうまく寝てもらえるのか」と毎日考えて出来上がった絵本『ねむねむのじゅもん』(魔法の呪文を耳元でささやけば、赤ちゃんでも何でもすぐに眠ってしまうという内容)といったような、普段なかなか伺えない市居さんの絵本に関するエピソードについてもお話しいただきました。
絵本作家になられた経緯やきっかけについて、お聞かせいただけますか。
大学は教育学部の美術科に行っていました。小学校、中学校の図工の先生になるというコースで学び、卒業後は電器メーカーのデザイン部に就職しました。しかしデザイン部の仕事は企画が多く、自分で絵を描くというものではなくて、「なんだか違うなー」と感じていました。
子どもの頃から本が大好きで、物語を空想したり絵を描いたりすることが大好きだったので、やはり手を動かして描く仕事をしたいという思いから、結局、2年ほどで会社を辞めました。何のあてもなかったのですが……。それからイラストの仕事などをするようになったんですが、絵を描くお仕事のきっかけとなった出来事があります。
それは、東京の友人の家に遊びに行った時のこと。近所でお祭りがあって、友人がそこのフリーマーケットで古着を売るというので、いっしょに行きました。ちょうどその時、木版画の小さな作品を持っていたので、古着の横にそれを並べて、とりあえず500円の値段をつけて売ってみたんです。そしたら、知らない人が買ってくれて。その時、私の絵を買ってくれる人がいるということが、ほんとうに嬉しかったです。
そして、驚くことに木版画を買ってくれたひとりの方が「うちのお店で展覧会をしてみませんか?」と誘ってくださったんです。もちろん私は無名ですし、展覧会なんてやったこともなかったんですけど「やってみます」と(笑)。何もかも手探りの状態でしたが、この東京の雑貨のお店の一角で展覧会をさせてもらったのが、はじまりでした。
そこから様々なところで展覧会をすることになったんですけど、そのうちに絵本作家の方と友達になりまして、その方々といっしょに展覧会をするようになって、絵を描く仕事についてさらに考えるようになりました。
雑誌などにイラストを描く仕事は、かなりスパンが短くて掲載されたら終わり。作品の鮮度も大事になりますし、イラストを描く側としては使い捨てというイメージがどうしてもあります。
しかし、絵本の仕事について絵本作家の方に伺ってみると、ものすごくスパンが長く、じっくりと何年もかけて1冊の絵本をつくって、何年もの期間、販売していく長期的なものということ。丁寧につくりあげていくという過程を伺っていくうちに「すごくいいな」と憧れるようになりました。さらに私自身、小さな豆絵本をいっぱいつくっていた子どもの頃を思い出し、「やはり私も絵本を描いてみたい」と。そこで、自作の絵本をつくり、展覧会をする時に会場に置いてみることにしました。
すると東京の会場で、ある出版社の方がその絵本を見てくれて「これ面白いから、絵本にしてみませんか」と声をかけてくださったんです。その時は嬉しくて「やったー!」という気持ちになったわけですけど、そこからのつくりあげが長かったです。最初に自分でつくった絵本は短かったので、そこから倍ぐらいの物語をつくって、やっと1冊目が出来上がりました。
『ヘリオさんとふしぎななべ』という、貧乏な絵描きのヘリオさんが絵の中に入ってしまうというお話なんですが、最初につくった時は、いまの半分くらいの長さで、ヘリオさんが鍋の策略によって絵に吸い込まれるところまでで、物語は終わっていたんです。
しかし編集者の助言、「行ったきりでは何度も読んでもらえません。行って、帰ってくるお話にしましょう」ということで、絵の中からどうやってヘリオさんが脱出するのかというストーリーを考えていきました。出版のお声をいただいてから2年ぐらい経って、めでたく絵本を出すことに。そこからは、その絵本を見て他の方が声をかけてくれたりして、絵本の仕事が中心になっていきました。
思い入れのある物語やエピソードはありますか?
『ゆかいなかえる(福音館書店)』という海外の有名な絵本はご存じですか。4匹のかえるの日常をいきいきした絵で描いた絵本なのですが、「とんぼのたまごとみずくさでおいしいごはん」と、かえるたちの食事の場面があります。幼かった私はそれを見ながら、自分もかえるたちといっしょに食べている気持ちになっていました。というか……噛んでいるぷちぷちした感触とか、味まで思い出として残っています。ほんとうに不思議です。子どもの頃の読書体験って、絵本の世界にほんとうに入ってしまえるような、大人になってからはなかなかできない体験だったなと思います。
子どもの頃に読んだ絵本や本は心の奥底にまでズドーンと、ストレートに届くような気がします。子どもの頃に読む本は、その人にとって宝物になる。こうして子どもの本をつくっているのは、その辺の思いが関係していると思います。
朗読会やワークショップといった活動もされているということですが、その辺りのきっかけや思いをお聞かせいただけますか。
最近はなかなか集まれない状態が続いていますが、そもそも絵本をつくるという作業は、家でひとりコツコツと描いていくことになりますので、すごく孤独です。ですから、絵本を実際に読んでいる人と対面して、その絵本を見た反応を直に感じられるということは新鮮です。朗読会を通して、「あっ、こういう反応なんやな」とか、「ここで笑うのか」など、子どもたちの意外な反応が楽しくて、ほんとうに新たな発見がいっぱいあります。
また、絵本づくりのワークショップなどもよくやっていましたが、子どもたちがつくるものって面白いものがほんとうにたくさんあって。そのまま作品化できるんじゃないかというものも色々あって刺激を受けますね。
きっかけとしては、教育学部に行っていたことにもつながりますが、先生への憧れが大きいです。小学2年生の時に、すごくいい先生に出会ったんです。
当時の私はかなり内向的で、あまり喋らない子どもだったんですが、一方で心の中では活発で、物語を空想したり、外から見えないところでとても楽しんでいました(笑)。でも、周りからはすごく大人しい子に見えていたと思います。
そして、その頃に担任の産休で若い女性の先生がきました。その先生は、私の図工でつくったものや、描いた絵などを「わー!面白いねー!」と心から楽しそうにほめてくれたんです。その先生とすごく仲よくなって、私が豆絵本を描いていることを伝えたら「持ってきて」といってくれて、実際に持って行って見せたら「すごい―、面白いー‼(拍手)」と、ものすごく自然に心から楽しそうにほめてくれて。それがうれしくて、また描いて持っていったりしているうちに自信がついたのか、活発に喋ったりできるようになったんです。うまくほめて伸ばしてもらったなと、その先生にはとても感謝しています。
そして私自身も、そんな風に人のいいところを見つけて伸ばしたりできる人になれたらいいなという思いが心の底にあって。だからワークショップの活動をしたりしていたのかなと、いま振り返ってみると思います。
保育に携わる先生へのメッセージをいただけませんか。
現在、小学5年生の子どもがいますが、息子が園に通っていた頃、頼もしい保育士さんたちがたくさんいて、子育てにおいてわからないことなど、いろんなことを教えてもらいました。たとえば「子どもが爪を切ることを嫌がるんですが、どうしたらいいですか?」とか。すると「寝ている時に切ったらいいですよ」と。「寝ている時に?」と、普段そんな考えにはいたらなかったので驚き、実践してみると「ほんとうだ!」ってなって。結構悩んでいたのに、すぐ解決したり(笑)。
あと、子どもが年長の時にとても素敵な先生に出会いました。一般的に、外でみんなとうまく遊べる子がよい子で、ひとりで遊んでいる子はちょっと好ましくないみたいな意識があるかなと思いますが、その先生はそういう固定観念が一切なく、それぞれのいいところをしっかりと見てくれているのが印象的でした。
私が大人しくても、心の中では物語で大冒険をしていたみたいな感じで、ひとりで遊んでいたとしても、それが悪いことではないというか、個のいいところも見てくれていたことに、いつも感謝していました。
また、絵本に関することでいうと、園でよみきかせをされていると思いますが、先生自身が好きな絵本を、先生の好きなように読むことが一番よいかと思います。
あまり感情を込めると好ましくないとか、よみきかせはこうしないといけないとか、そんなやり方が書いてある本もありますが、そういうのはあまり気にしない方がよいように思いますし、何歳からでないとわからないだろうというのも気にしなくてよいように思います。
なぜなら、子どもはわからないことばとかが出てきても、他にも感じてくれることはいっぱいあるので、それよりもその先生の好きな絵本を先生自身が楽しんで読んだ方が一番伝わるものだと思います。ちょっとむずかしいかなという絵本でも、子どもの理解力や感じる力はすごくあると思うので、そのようなことをあまり気にしすぎないで、ちょっとくらいわからないことがあるくらいの方が子どもの心に残っていくという部分もあると思います。先生の好きな絵本を選んでもらったら、それを子どもたちはすごく感じると思うのです。
もちろん絵本のよみきかせなどがあまり好きでない先生もいらっしゃると思いますので、そういう先生は好きなものが他にあれば、そういうことで接してもらったらいいと思います。しなくてはいけないという感じになると、子どもたちにとってつまらないものになってしまうのではないかなと思います。
さいごに、これからの思いをお聞かせください。
そうですね。やっぱり子どもたちに幸せに暮らしてほしいな、というのが私の根底にあります。いまの世の中では、社会的にみんながいいたいことを我慢している場面が結構あるように感じています。いいたいことをいったら「わがまま」「空気をよめ」とか息苦しい感じがあって……子どもたちに「もっとみんな、いいたいことをいっていいんやで!」っていいたいです。もちろん大人たちにも。これから、そういう内容の絵本が描けないかなと思っています。
また、私がなぜ子どもの絵本を描いているのかというと、「子どもの頃の感覚をもう一度、自分自身味わいたいな」と思っているからなんです。「こうやったら空を飛べるんちゃうか」とか「ここからずっとまっすぐまっすぐ歩いていったら、どこにつくんやろうか」とか、不思議なことがいっぱい起こりそうな気がしていた「あの感覚をもう一度味わいたいなー」とすごく思っています。突拍子もないことが、次の瞬間に起こるんじゃないかといつも期待しているような……すごくわくわくした楽しかった記憶です。
そういう瑞々しい気持ちを、大人になっても持ち続けることができたら、大人も子どもも幸せに生きていけるんじゃないか、と思っています。