第8回 褒めて伸ばすだけではない。適切な自己評価こそ。

「ケーキの切れない非行少年たち」
宮口幸治著 新潮新書刊

児童精神科医で立命館大学教授をつとめる著者が、非行少年たちについて論じたベストセラー。著者が少年院に行ってショックを受けたのは、簡単な足し算引き算ができず、漢字が読めず、簡単な図形を写せない、短い文章すら復唱できない、「ケーキを等分に切る」こともできない子どもが大勢いることだった。

要するに、見る力、聞く力、見えないものを想像する力など、認知力が非常に弱く、歪んでいることが、勉強や人間関係に支障をきたし、非行の原因になっているようなのだ。そんな子どもたちに反省を迫っても、そもそも自分の置かれている立場が正確に認知できない。さらに、そうした子どもの多くは、学校現場において「問題児」のレッテルを張られるだけであり、少年院に入るまで非行の原因が周囲の大人に理解されることはない。また、日本の学校教育は教科を教えるばかりで、認知の歪みを修正し、最もたいせつな社会性をはぐくんでいくような教育法を備えていない。まさしく「教育の敗北」である。

こうした現状分析も読み応えがあるが、特に啓発される問いは「褒めて伸ばす教育だけで問題は解決するのか?」というものだ。問題行動のある子どもの教育の定番は、「よいところを見つけて褒めてあげる」「肯定し、話を聞いてあげる」などである。もちろん褒めることを否定するわけではないが、それだけでは問題の先送りにしかならないと著者は告白する。では、どうすればよいのか。「更生したい」と前向きになった少年たちには共通の特徴があるという。集団生活の様々な人との関係性の中で「自己への気づき」と、その後の「自己評価の向上」を獲得したことである。まずは、自己省察を行うための基盤となる「適切な自己評価」を見出す必要があり、それは「自分はどんな人間なのか」に気づくことで、子ども自身にしかできない。大人の役割とは、ただ褒めることでも、説教や叱責で反省を求めることでもなく、子どもにできるだけ多くの気づきの場を提供することである。

また、1日5分の「コグトレ」など認知の歪みを修正するトレーニングも紹介されているが、それらは活動自体が目的ではなく、「自己への気づき」と「自己評価の向上」という明確な目的へ向けて設定されている。非行少年というケースを扱いながら、子どもにも大人にも通底する知見が得られる。園職員育成のヒントにもなるだろう。幼児教育ではいま、非認知能力がブームだが、基本的認知能力をおさえてこそであることはいうまでもない。

秋田光彦

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