■パーソナル・スペース
人と人の距離(ディスタンス)ということについて、色々議論された1年でした。握手したり肩を組んだり、語り合ったり、そういう親密な人間行為が規制あるいは警戒されて、距離とつながりについて考えさせられた1年でもありました。
パーソナル・スペース(対人距離)という心理学の用語があります。「これ以上他人に介入されると不快を感じる距離」をいいますが、一定の距離が固定化されているわけでなく、他者との関係や文化、慣習によって変化していきます。
米国の文化人類学者エドワード・ホール氏は、この対人距離を、相手との距離が近い順に「密接距離」「個体距離」「社会距離」「公共距離」の4つに分類しました。人間関係にたとえると、「肌ふれあうような親子の関係」にはじまって、「親しい友達」「同僚・知人」そして「広く一般」ともいえるでしょうか。
子どもは最初母に抱かれていますが(密接)、学校に行けば先生や友だちと交わり(個体)、会社員になれば同じ職場で仕事をする(社会)ように、成長の過程で、適切な距離感を身体で学んでいくのです。
コロナ禍の制約は子どもが自分の体を物差しに距離感をつくりだしていく経験を損なったといえるのかもしれません。園教育がこれから担うべき大きな課題のひとつだといえるでしょう。
■Zoom研修のインパクト
反対に、著しい距離感の変化も感じます。オンラインの浸透です。
会話が弾む社会距離の代表格として、同僚との会議がありますが、いまやオンライン会議が定着し、集まるどころか、画面越しの方が効率よく進むこともあるといいます(オンライン飲み会もそうでしょうか)。このように距離と関係のあり方が大きく変容してきている中、教育における学び方も、その劇的な変貌ぶりを身近に感じています。
2月から3月にかけて、総幼研の新任研修会をはじめてZoomを使って開催しました。すでにご承知かと思いますが、Zoomは双方向のライブ・ミーティングであって、講師の指導をリアルタイムで複数人が受講して、反応したり質問できるというもの。インストラクターの先生方のご尽力あって、すでに8回、のべ313名の新任が受講しました。
Zoom研修の利点は、よくいわれますが「場所を選ばない」という点です。移動や集会に伴う「不合理さ」を払拭できるのですが、それよりも私が感心したのは、「学習の自律化が深まる」という点でした。
詳細は次ページの報告に譲りますが、受講者(最大50名)の顔がモニターされているZoom研修では、集合研修にありがちな全体に紛れ込むことができません。同じ会場に数百人も集合していれば、講師の手元が見えないとか板書が読めない、そういう次元の不満は生じるし、結果、学びの意欲は減退します。しかし、今回の例でいうとZoom研修では50名の同時性を保証しつつ、受講者一人ひとりが個別の学習関係を維持できる。そこでは当然学ぶ側の態度や質問のレベルも向上します。いずれスマホを使っていつでもどこでも気軽に受講できるというスタイルも定着するでしょう。つまり、これまでのような講師と受講者の1対多数の関係から、オンライン上の対面を通して、1対1の距離感覚に近づくといえるのではないでしょうか。
与えられる研修ではなく、学び手主体の研修へ。このたびのZoom研修は、総幼研の自律型学習の新たな出発として期待が募るものでした。
■場が持つ意味を洗練させる
総合幼児教育研究会では、今後も実技研修会や体育実技研修会のZoom研修を予定していますし、7月からはオンデマンド(学びの動画コンテンツをサーバーに蓄え、利用者が好きな時に受講できるシステム)もスタートするということですので、総幼研の「新しい研修様式」が徐々に拡充していくことでしょう。
しかし、留意しておきたいことがあります。オンラインが徹底すれば総幼研教育は完成するわけでないし、むしろ、そこへの安易な依存は、逆に教育の価値を単純化してしまう危惧があると感じます。
長く日本社会は人と人の接触を選別的に行ってきました。同じ村の仲間だけ、気の合う人だけ、利害を共有する人だけ、というふうに、選択的関係を維持してきました。スマホはさらにそれを先鋭化し、悪くすると、内につながるが、外は排除するような構造をつくりかねません。オンライン教育に依存することが対面や集会の軽視となり、広く皆と交じり合うような機会をないがしろにすることがあってはならないと思います。
集合研修のような空間には、情報の共有や理解以上に、同じ場に身を寄せてこそ生じる共鳴や共感、仲間意識などがあります。あるいは、同じく学ぶ人の人柄や考え方を直接的に知りあうという「学びの余白」も生まれます。教育の価値を学ぶためには、それぞれの交流の場が持つ利点や意味を洗練させていくことも必要ではないでしょうか。
2020年は教育改革元年でもありました。幼児教育でも世界水準が求められ、ICTの活用も拡大しつつあります。非認知能力の開発や、また同様に認知能力もどのように扱っていくのか、総幼研として議論すべき話題は尽きることがありません。そう遠くない日、園長先生とテーブルを囲んでじっくりお話できることをいまから心待ちにしています。