客観的な視点から
捉えることで
見えてくるもの。

2020年9月公開

京都大学大学院文学研究科准教授
森口佑介先生に聞く

大学生の時に発達心理学という学問に出会い、大学院生、博士研究員を経て、大学教員として働き、現在は京都大学大学院文学研究科の准教授として、発達心理学・発達認知神経科学を専門に研究を続けられている森口佑介先生。自らが高校生の時に出てきた『キレやすい若者』という社会問題から芽生えた学問的な好奇心が、現在の学びの原点であったといいます。今回は娘をもつひとりの親として、また客観的な研究データを通して考える研究者としての立場から、いくつかのお話を伺いました。私たちの社会生活に欠かせない「自分をコントロールする力(実行機能)」についてのお話をはじめ、多角的な「ものの見方」などといった保育へのヒントをお届けいたします。

※(今回のインタビューでもお話しくださった)人生の成功を左右するといわれている非認知スキルの中でも、とりわけ重要だといわれている「実行機能」について丁寧に紐解かれた1冊。本書では発達心理学の最新知見から、その育て方・鍛え方を明らかにします。

現在の研究にいたるまでの、発達心理学の道へ進まれたきっかけをお聞かせいただけますか。

高校生だった20世紀末のこと、若者が『キレる』という凶悪事件が続発したこともあって10代の若者、中高生ぐらいがキレやすいという社会問題がマスコミに激しくいわれている時期がありました。ですが、自分自身は部活とかを熱心にやっていたこともあって、キレる余裕もないなと。なぜ同じ年代で、自分のような(キレない)人と、キレる人が出てくるのだろうかという疑問を純粋に思いまして、子どもの時の家庭環境とか、もしくは当時はそこまで考えがいたっていなかった遺伝ですとか、違いは何だろうということに興味をもっていました。そのためには子どもの成長を見ないと、と。そこから、人間らしさって、いつあらわれてくるのだろうかということに関心を寄せ、こういった研究に足を踏み入れることになりました。

では、ご自身のお子さんと接する中での新たな気づきなどはありますか。

一番痛感するのは、いままで園や大学の実験室で子どもを見てきたわけですが、切り取った子どもの姿しか見ていなかったなということです。大学生とか見知らぬ人がきて、子どもたちは緊張するわけですから、そこそこ、しっかりと研究の課題をやってくれるわけですけど、実際に自分の娘はそんなことするかっていうと、しないわけですよね(笑)。子どものリアルな姿を目のあたりにした時、自分たちがやっている研究などは、ある種、子どもの持っている最大の能力というか最大値を見ていることだろうなと思います。やはり普段の姿と実験での姿は違う、というのが大きいですね。

森口先生の研究されている「実行機能」についてお聞かせください。

「実行機能」って、ことばがかたいのでとっつきにくいと思います。何を意味するかというと「自分で目標を立てて、誘惑とか邪魔になることがたくさんある中で、そういう色々なものに邪魔されないようにその目標を達成するために必要な力」のことで、2種類の実行機能があります。
ひとつが「感情の実行機能」と呼ばれるものです。自分にとって食べたいもの、飲みたいもの、お金みたいな誘惑に対して働くもので、たとえば高校生で考えると、テストのために勉強をしなければならないとか、よい点を取らないといけないという時に、友達の誘いやゲームという誘惑があって、それをどうしてもしたくなる。しかし邪魔されずに、目標を達成するために勉強するといったことです。そして、もうひとつが「思考の実行機能」です。日ごろ習慣になっていることとか、癖になっていることとかによって目標の達成が困難になることがありますが、その習慣や癖を抑え込む力です。
両者ともに幼児期に著しく発達し、児童期には緩やかに発達する特徴があります。すると、「大人になってから実行機能を鍛えるのでは、遅いですか?」との質問を多くいただきますが、全く鍛えられないということはないです。しかしながら鍛えにくい。また「高校生や大学生では、どうですか?」とも聞かれますが、できないこともないけどやはり変化は起こりにくい。ですから、書籍(『自分をコントロールする力』講談社現代新書)でも述べている通り、大人の場合は実行機能を鍛えるよりも、実行機能がどのような状況下でうまく働かなくなるのかを理解し、ここぞという時に実行機能がしっかりと働くように準備することが大事だということです。
つまり、幼児期の方が効果や変化は高いということを考えた時に、保育の先生方にプレッシャーをかけてしまうようなことになりますが、幼児期は大事な時期であるということを改めてお伝えしておきたいと思います。

時代の変化によりデジタル化が進んでいますが、身体を使う体験のたいせつさについてはどうお考えでしょうか。

正直なところ研究のデータがなくてむずかしい話ですが、幼児期は生身の体験が大事というのは、疑問の余地のないことだと思います。しかし、一方でこれからの子どもたちが生きていく社会は、おそらく私たちとは違う社会になるだろうと思います。すると、もっとデジタル化が進んだ社会になるだろうといった時に、我々と同じような大人像を目指して教育するような必要があるのかといったことは少し考える必要があるところで、おそらく現在のコロナをひとつのきっかけとしてオンラインの授業や稽古とかいったものが、ますます増えてくると思います。そして、会社業務もわざわざ行かなくてもオンラインでできる部分もわかってきたわけです。すると、子どもたちが大人になった頃には、さらにそういったものが進む可能性があります。そういった時に、生身の感覚が大事なのはかわりないけど、それだけでよいのかといったら、それはまたちょっと違うと思います。もちろん実行機能をはぐくむためにも生身の感覚は大事ですが、実行機能をどう使うかというところは私たちのいま生きている社会とは違った社会での話になるわけですから、そう思うと、おそらくオンラインの中でだからこそ、はぐくめるものもあるだろうと思います。したがって身体を使う体験もデジタルの体験も両方大事というのが私の意見です。

実行機能をはぐくむ環境について、お聞かせいただけますか。

実行機能に限らないことですが、環境的要因は子どもの成長に非常に大事です。特に経済的な環境が、前頭前野にかなりの影響を与えるのではないかというふうに考えられています。
私たちもいくつかのデータを持っているので申し上げますと、貧富の差というか、貧しいご家庭で育った際、確率的にですが子どもが虐待を受ける可能性が高かったり、母子家庭とかによって親が子どもを見る時間がないという状況が必然的に生じてしまったりします。そういった時に、親子の絆であるアタッチメントがうまく築けず、子どもはストレスを感じる経験が大きくなってくるわけです。
たまにストレスを受けるのは問題ないのですが、たとえば育児放棄などで慢性的にストレスを受けてしまう状況が毎日続くと、前頭前野の発達はストレスに非常に弱いものですから影響を受けてしまうわけです。その結果、実行機能がなかなか育たないということが私たちの研究からも明らかになっています。経済格差があった時、特に貧しいご家庭のお子さんがどのようにそれをはぐくんでいけるのかという部分が大事かと思います。
障がいをもっているお子さんに関しては、私の専門外のことなので無責任なことはいえないですが、多動気味であるとか、自閉症傾向のあるお子さんの中にはストレスを感じやすい子もいます。くり返しになりますが、ストレスを感じると実行機能はうまく働かなくなるので、そういったお子さんがストレスを感じるとパニックになってしまいます。するとルールを守ることがむずかしくなったり、感情を抑えられなかったりする。それは家庭環境からくるものかもしれないし、障がいによるものかもしれない。ですが、まずはストレスを感じやすいということと、ストレスを感じてしまうと実行機能が働かなくなるということはわかっていただけたらな、と思います。
また近頃ですと、新型コロナウイルス感染拡大防止で休校・休園や外出自粛を経験した子どもたちは、おそらく家庭で過ごす時間が増えたと思います。そこで、このような状況で子どもたちが不安になったり、少し問題行動が増えたりするのかなというところもありまして、コロナの前にも社会情緒的スキルを調べるためのアンケート調査を行っていたので、緊急事態宣言が出ていた頃に行い、子どもの変化をある程度比較することができました。結果的に子どもたちにとってあまり悪い影響はなかったかなというようなことがわかりました。もちろん、コロナの状況が続くとなると今後どうなるのかな、といったところはあります。
またこの調査では、全体的に親子関係の距離が縮まったと回答される方が多かったです。やはり家でいっしょに過ごす時間が長くなったという部分もあるでしょうか。そのかわり親子以外の人との距離は広がったという結果も得られました。それはそうかな、というようなことですが、距離が近づいたことが必ずしもポジティブではないというか、もちろん親子関係がよくなったというのが大半かとは思いますが、距離が近づいたことによりストレスなどが増える場合のことも考えられ、虐待などの懸念にもつながる側面があるわけです。

最後に、乳幼児期にかかわる保育の先生方へのメッセージをいただけないでしょうか。

なかなか自分の子どもと同じように園の子どもたちを扱うというのはむずかしいことなのかもしれないし、そうするべきでないとも思いますが、すでにお伝えしたように、たとえば経済的に貧しい家庭などでアタッチメントをうまく築けない子が一定数いるわけです。そういったお子さんに、保育士がある種の心の拠り所になってもらえるような関係をつくれるということが示されていますし、それによって子どもたちの成長が少し支えられる部分があるのはわかっていますので、多くの場合はすでになってくださっていると思いますが、そういう子どもたちにとって信頼できる大人として、特に保育の先生方のような存在が大事ということはお伝えしておきたいです。また性役割について昔はあるといわれていましたが、いまは過剰にそんなことをいわない方がよいようになってきていますので、男性の保育士さんは、無理に自分が男であることを意識しなくてよいというか、保育士という仕事の中で役割を全うすればよいのであって、男だから、女だからというのを過剰に意識するのはなくてよいのかなと、最近の研究や社会をみていると感じます。
さいごに、保育関係の講演や園に入らせていただく機会なども増えてきて感じることですが、これまで一斉保育だった園が子どもの自主性だ、非認知だといって、急に自由あそびを増やしたり、自由保育に切り替えたりする動きが多いように感じます。しかし、そういった園に入らせていただくと必ずしもうまくいっていないと思うのです。なぜかというと、子どもの自主性を大事にすることと、保育をしないことは全く別ですが、驚くことに保育士は何もしないようなことになっていたりするわけです。ことばでいうのは簡単というのはわかっていますが、自主性をはぐくむっていうのは、「子どもが自分でできるように保育士がサポートをする」ことがとても大事です。一斉保育が必ずしも悪いわけではないし、自由保育が必ずしもよいというわけでもない。また、何でもかんでも保育士が主導するのも、何でもかんでも子どもに任したらよいというのも違いますし、画一的になる必要もなく、園によってきちんとした子どもの育ってほしい姿があれば、それはそれでよいのではないかと感じています。

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