■令和の日本型学校教育
コロナ禍となって3年、多くの学校園が感染対策に翻弄されている間にも、2020年からはじまった大規模な教育改革は着々と進んできました。今年度からは高校で「情報I.II」が必修となり、2025年には大学入学共通テストでも採用されるとか。試験会場で子どもがタブレットでこたえるという光景も現実となりそうです。あと4、5年すれば、学校の中身がガラリと変わってしまうのではないか、そんな危惧もあります。
いや、改革こそ期待といっていいのでしょうが、「主体的で対話的な深い学び」にしても「探求型」にしても「プロジェクト型学習」にしても、次々繰り出される新たな文言にちょっとついていけないという園長先生も多いのではないでしょうか。理想はわかるが、長年続いた小学校のシステムは、先生が総入れ替えでもしない限り変わらない。いや、教育に百年の大計であって、そんな世間受けするようなことばかりでいいのか、という声も聞こえてきそうです。幼保小接続というが、お互いのカリキュラムもわかっていないのに、これまで通り小学校見学で十分とおっしゃる方もあります。
一方で視野をひろげれば、教育改革をめぐる言説は絶え間なく更新が続いています。ОECD(経済協力開発機構)の「学びのコンパス2030」(2019年)もそうだし、中教審が昨年公表した「令和の日本型学校教育」もそう。いずれも、明らかに子どもが学校の決まりきった指導や指示をそのまま受け入れるのではなく、未知の環境の中で主体的に取り組み、他者と協働しながら進むべき道を見出す必要性を強調しています。その波は、幼児教育の世界でも、近年「子ども主体の保育」というテーマを力強く押し出しています(このテーマは総幼研にとっても最重要な事柄のひとつですが、また別の機会に論じるとします)。
■強い意志と覚悟
そのような教育改革の、とりわけ幼保が「接続する」小学校ではどのような実践が進められているのか、その先駆的な姿を山形県のとある小学校の実験に見つけることができました。以下、奈須正裕著『個別最適な学びと協働的な学び』(東洋館出版社)より抜粋してご紹介します。
例えば同校の「自学自習」では、これまでのイメージと違って、子どもたちが先生に成り代わって、黒板の前に立ち授業を進めます。「マイプラン学習」では子ども自身が学習計画を立て、自主的な学び方を体得していくなど、子どもたちの意思と力により自立的に授業が進められるという点で、目からウロコの内容でした(これだけでは説明は不十分ですので、ぜひ本書をご一読ください)。国立でも私立でもない、地方都市のごく普通の小学校です。
私がもっとも心に残ったのが、これだけの改革を推し進めるにおそらくは校長、教職員の皆さんには相当な不安や緊張があっただろうし、外部からの批判もあるでしょうが、それに対し、「子どもたちの学びの文脈に沿って学習活動を展開する覚悟」(天童市立天童中部小学校の研究構想)を持ってあたられる姿でした。改革はペーパーでは達成できません。人間の強い意志と覚悟が必要なのです。
同書の後半に「幼児教育に学べ」とありました。「幼児教育は環境による教育であり、すべての子どもは生まれながらにして有能な学び手だという子ども観」があるのに、就学したらそれを一気に封印して自分の頭で考えないようになっていくのはなぜだろうと。その彼我の違いこそ、私は今後の幼保小接続の大事なポイントのひとつだと思うのです。